都市伝説|京都府・京都市東山区
六道の辻——小野篁の冥府通い
伝承の範囲
六道珍皇寺(東山区小松町)境内に「冥土通いの井戸」が現存。近隣の嵯峨薬師寺(福正寺)に「黄泉がえりの井戸」があるとされる
- 記録の扱い
- 伝承・都市伝説として記録
- 参照情報
- 2件
- 最終確認
- 2026-08-02
お盆になると、六道珍皇寺には「六道まいり」で先祖の霊を迎える人々が集まる。この行事は室町時代の頃から続いているとされ、寺の名にもなっている「六道の辻」という古い呼び名の重みを物語っている。
六道とは仏教が説く死後の行き先——地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天——であり、平安の頃からこの辻はその全てへの分かれ道と信じられてきた。葬列はここを通って鳥辺野へ向かい、死者はここから次の世界へ旅立つとされた。生者があの世を想像するための地名として、六道の辻は京都の町の記憶に残っている。
この場所に結びつく伝承の中でも際立つのが、平安の官人・小野篁(802〜853年)の冥府通いだ。篁は昼は朝廷に仕え、夜になると境内の井戸を通って冥界へ下り、閻魔大王の裁判を手伝っていたという。『江談抄』や『今昔物語集』にこの話が収められていることから、近世に作られた俗説ではないことがわかる。反骨の人物として知られた篁の実像が、この伝説を引き寄せた面もあるのだろう。
篁が冥界から戻る際に使ったとされるもう一つの井戸は、嵯峨薬師寺の旧境内から見つかったとも伝わる。行きと帰りで別の井戸を使うという設定に、あの世との行き来を一方通行にする語りの工夫が透けて見える。伝説と信仰と年中行事が幾重にも重なるこの一帯は、この世とその先を隔てる線が、京都の中でもとりわけ薄い場所だ。もっとも、井戸が冥界へ通じたという部分は伝説であり、寺を怪異の検証の場として扱わないことが大切である。
この話で確認できること
- 資料で確認できること
- 六道珍皇寺が鳥辺野へ向かう道筋にあり、小野篁の冥途通いと井戸の伝説を寺・京都市の観光情報が紹介している。
- 確認できないこと
- 井戸が実際に冥界へ通じたこと、篁が冥府で閻魔大王の裁きを手伝ったことを実証する歴史資料はない。
- 現在
- 現役の寺院であり、井戸を含む公開範囲は時期により異なる。寺の案内と参拝の作法を優先する。