百物語

都市伝説|北海道・函館市

函館・外国人墓地の赤墓

伝承の範囲

函館市船見町の外国人墓地。1854年の米国水兵2名の埋葬を起点に1870年に正式整備され、国籍・宗教ごとの区画が連続する。墓地であることを尊重し、静かに見学する

記録の扱い
伝承・都市伝説として記録
参照情報
3
最終確認
2026-07-26

表と裏を真っ赤に塗られた一基の墓石がある。函館山の裾野に広がる外国人墓地の中でも「赤墓」と呼ばれ、刻まれた漢字の文章を最後まで読んだ者は死ぬ、という言い伝えが古くから地元にある。実際に全文を読み切ったと語る者はほとんどおらず、「途中で目をそらした」という証言のほうが目立つ。文字の内容そのものが何を意味するのかは諸説あり、その分からなさが伝説を長持ちさせてきた面がある。

この墓地の起こりは安政元年、ペリー艦隊の水兵二名がここに葬られたことに遡る。その後1870年に正式な整備が行われ、国籍や宗教ごとに区画の分かれた墓地群が形成された。函館の観光風景の一部として知られる一方、夜間は昼間とまるで違う空気を帯びるとされ、訪れた者の体験談が積み重なってきた。

入口に並ぶ地蔵の数が数えるたびに違う、という話も根強い。昼間に十体あったものが夜には九体だった、翌日また戻っていた、という具合に語られる。こうした話は函館の夜を題材にした怪談集にたびたび収録され、観光客の間にも広まっていった。

もっとも、ここは本来、異なる文化・異なる信仰を持つ死者を静かに弔うための場所である。怪談として消費されることに複雑な思いを抱く地元住民も少なくないと聞く。開港都市・函館が積み重ねてきた異文化接触の歴史がこの墓地を生んだことは確かだが、語る側にはそれ相応の礼儀が求められる。

この話で確認できること

資料で確認できること
函館公式観光情報は、1854年に米国水兵2名を葬ったことを起点とし、1870年に正式な外国人墓地になったと案内している。所在地は船見町23で、函館駅から市電で函館どつく前まで約11分、下車後徒歩約15分とされる。
確認できないこと
「赤墓」の文章を最後まで読むと死ぬ、地蔵の数が変わる、夜間に怪異が起きるという話は伝承であり、公式資料で事実として確認できるものではない。
現在
公式に案内される墓地だが、観光演出の場ではなく弔いの場でもある。見学時は静粛にし、墓石や区画を傷つけない。