百物語

都市伝説|北海道・小樽市

朝里峠の忘れ物

伝承の範囲

小樽市・朝里峠周辺。国道393号が通る山岳路。小樽と札幌南部を結ぶ峠道

記録の扱い
伝承・都市伝説として記録
参照情報
2
最終確認
2026-07-09

深夜、南小樽で客を乗せたタクシー運転手の話がある。乗せたのは若い女性で、行き先は朝里峠方面。山道を上るにつれ外気が下がり、窓ガラスが曇っていった。

峠の手前の集落で女性は「ここで結構です」と告げて降り、料金を払って車内に消えた。運転手が発進してしばらく走ったところで、後部座席に客のバッグが残されていることに気づく。引き返し、女性が入っていった家の戸を叩くと、応対に出た老年の女性がバッグの話を黙って聞いたあと、奥から一枚の古い写真を持ってきた。「うちの娘は何年か前に事故で亡くなっております」——写真に写る顔は、確かに先ほど乗せた客と同じだった。

この話は小樽の乗務員の間で伝わり、夜間に若い女性客を朝里峠方面へ乗せることをしばらく避けた運転手もいたという。似た構造の話は全国各地に存在し、研究者は昭和二十年代の怪談文化の中で生まれ広まったものだと指摘している。それでも「南小樽で乗せて朝里峠で降ろした」という具体的な地名と、乗務員自身の証言という形式が、北海道の人々にはこの話をより手触りのあるものにしてきた。

証明も否定もされないまま、地元の古い乗務員のなかには今もこの話を知っている者がいる。峠を越える夜道のどこかで、話は乗客のように乗り換えられ続けている。