百物語

病院の怪談|大阪府・貝塚市

貝塚結核病院の呼び声

伝承の範囲

大阪府貝塚市。元・大阪市立少年保養所(1940年開設・1992年閉院)の跡地。建物は取り壊し済みで現在は「せんごくの杜」として整備されている

記録の扱い
伝承・都市伝説として記録
参照情報
2
最終確認
2026-07-09

1940年、大阪市立少年保養所として貝塚市に開設されたこの施設は、戦後の結核流行期に多くの子どもたちを受け入れた療養の場だった。1992年に閉院してからは、しばらく建物がそのままの姿で残されることになる。

廃墟となった病棟には、使われていた医療器具や書類がそのまま散らばっていたと伝えられ、手術室や霊安室らしき区画も残っていたという。こうした「そのまま感」が廃墟探索者の間で評判を呼び、2000年代に入るとネット上の掲示板やブログを通じて体験談が急速に広まっていった。

出てくる話はだいたい決まっている。男性の声で「おーい」と呼ばれた。「帰れ」と怒鳴られた。足首をつかまれた気がした。関西でも屈指の心霊スポットとして名前が知られるようになったのは、こうした証言が積み重なった結果だ。

その後建物は取り壊され、跡地は「せんごくの杜」として整備された。ケヤキ広場と桜並木、散策路のある今の公園に、かつての病院を思わせるものは何もない。ここで紹介した体験談はすべて廃墟時代の話であり、現在の公園に立ち入ること自体には何の問題もない。舞台となった建物そのものが、もう存在しないというだけのことだ。