トンネル・山・廃墟|大阪府・東大阪市
旧生駒トンネルの落盤と炎
伝承の範囲
東大阪市と奈良県生駒市の府県境に位置する旧生駒トンネル(現在は使用停止・立入禁止)。大阪側坑口はフェンスで封鎖されている
- 記録の扱い
- 伝承・都市伝説として記録
- 参照情報
- 2件
- 最終確認
- 2026-07-09
大阪と奈良の府県境をまたぐ旧生駒トンネルは、近鉄の前身・大阪電気軌道が手がけ、1914年(大正3年)に開通した。当時は日本で2番目の長さを誇り、日本初の標準軌複線トンネルとして注目を集めた。しかしその来歴は、開通前から重大事故に彩られている。
1913年1月の落盤事故では約150名が生き埋めとなり、19名が命を落とした。1946年4月には乗客を乗せた列車がトンネル内で車両火災を起こし、23名が死亡、75名が負傷している。さらに1948年3月には上本町方面行きの急行列車が、停車中の普通列車にブレーキがかからないまま追突し、49名が亡くなった。三度の大事故が積み重なったトンネルとして、この場所は独特の来歴を負っている。
1964年に新生駒トンネルが開通したことで役目を終え、現在は廃止済みだ。大阪側の坑口はフェンスで封鎖されており、内部に立ち入ることはできない。心霊スポットとして噂が立つようになったのは廃止後のことで、坑口付近で人影を見た、内部から不審な音がしたという話が今に伝わる。事故の記録自体は公的資料や鉄道史の書籍に残っており、この話が根も葉もないところから始まったわけではないことは確認できる。